BENchmarkブログ

2026-06-06 18:18:00

【第1128回】年相応の立ち振る舞い

年を重ねるごとに、「年を重ねるだけでは大人になれない」ということを痛感し、日々背伸びしている今日この頃。「大人になったら嫌でもちゃんとした大人になれるんだろうなぁ」と思っていましたが中々そうはいかないらしいですね。

サラリーマン時代から、わたしの基本的な服装は「白シャツ+スキニーパンツ」です。ただ、サラリーマン時代部下が出来た際は夏でもネクタイを締めてジャケットを着用していました。これはなぜかというと「いつクレームが入ってもすぐに謝れるように、部下の失敗をカバーできるように」というわたしなりの覚悟でした。これが「大人になる」ということだと思います。

未だに覚えていることは部下がクレームを起こし先方に謝罪を伝えに行く際、心配そうにうろたえる部下に対して「おぃおぃ、何ビビってるんだい!?このスリルを楽しもうぜ!」と言いながら内心がガクガクブルブルしていました。でもそんな自分に「頑張れてる!」と誇らしく思ったことは今でも覚えています。

20代は可愛がられてナンボ、30代は頼られてナンボ、40代は導いてナンボ、50代は支えてナンボ、60代からは生き様を見せてナンボだと思っています。40代になっても「助けてくらは~い」はカッコ悪すぎる。何があっても「助けてやらぁ!」が粋な40代なのではないのでしょうか?わたしはまだまだですが、あなたは年相応の立ち振る舞いができていますか?

2026-05-29 18:18:00

【第1124回】想像できる人が創造できる人

「引き寄せの法則」「マーフィーの法則」などなど、意外に成果を出している人こそ信じる「願えば叶う」という法則。わたしも父から幼いときから「願いの力の強さ」を教えてもらい今住んでる場所、結婚した相手など幼心に「こんな人生を送っているんだろうぁ」と信じたことが現実に起きている不思議な人生。

ただ、法則に限らずやはりこの世界は「誰かの想い」によって具現化されているのだと思います。「空を自由に飛びたいな、はい飛行機!」や「自分の創造したものを簡単に形にしたいなぁ、はいAI!」といったように、誰かの想いが具現化されたものでわたしたちの身の回りは埋め尽くされています。だからこそ「想像の力」はすごくて「想像できる人が創造できる人」なんだと思います。「幸せな人生」を想像すると幸せな人生が創造されるし、「不幸な人生」を想像する人は不幸な人生を創造する。自分の持つ無限の可能性に心を躍らせている人はワクワクする人生に心躍らされるし、「どうせわたしなんて…」と思う人はちゃんとそれまでの人生が用意されています。選ぶのはいつも自分。決めるのはいつも自分。想ったことが叶っちゃうんだったら、自分の都合の良いように図々しく想っちゃってもいいんじゃない?

2026-05-27 18:18:00

【第1123回】ゆるくはあるが軽くはない

数多くの人と出会い、うまくいっている人、そうでない人を見てきたなかでどちらも共通点があるのですが、うまくいっている人の共通点の一つとして「ゆるさ」があります。肩ひじ張っていないというのか、力が入っていないというのか、正確に言うと「無駄な力が一切入っていない」というのか。ただ、決して「軽い」わけではなく。達人独特の「気」をまとっていると言いますか。自分はもちろん取り巻く空気も自分の「気」にしてしまう「ゆるさ」。自身と他の境界を無くす独特の空気感はまるですべてを見透かされているようで、自分のすべてが包み込まれるようで。

わたしもまだまだその域には達していませんが、生きているうちにその空気感をこの身に宿らせてあげたいと思っています。人生まだまだ修行じゃない?

2026-05-25 18:18:00

【第1122回】エンディングノート

わたしがエンディングノートをはじめて書いたのは2020年1月、起業する際に「自分に万が一のことがあった際に残された家族のために」と記しました。「万が一」というのは例えば病気であったり、事故であったり、事業をしていく上でもしかしたら事業が上手くいかず自ら死ぬことを選ばざるを得なかったりと、様々な場面を想定して記したものです。

ただ、これには原因があって、わたしの起業するきっかけであった前職の社長の死だったり、叔父の余命宣告だったりが重なったこともあってでした。2026年1月に友が亡くなり「人はいつか死ぬ」のではなく「いつでも死ぬ」ということを恥ずかしながら改めて知り今年のゴールデンウィークにエンディングノートを更新したのですがやはり6年前と比べると記載することが増えていました。各パスワード、現在加入している保険、解約手続き方法、連絡する人、その方法などなど、当時は「出し切った」と思うほど書いたものが今見ると中身がスッカスカで、「これじゃ残されたほうはたまらんな」と思う内容でした。ただ、こうして生きているうちに伝えたいこと、残せること、残せる人がいるということは有難いですね。

妻にも伝えてありますが、もしわたしに万が一のことがあっても決して「かわいそう」や「もっとやってあげればよかった」と思わないでほしいということ。今回の人生は十分楽しめたし充分以上に人様に良くしていただけたし、十分学びも多く満足しています。むしろあの世に行ったあとの方が楽しみなくらい。本当にあの世はあるのかな?先に亡くなったあの人たちにまた会えるかな?何を見て何を感じるんだろうと死に対して非常にポジティブです。ただ、残された人は大変です。やれ手続きやら気持ちの整理やらでてんてこまい。だからこそ先に行く人は残すべきものは残す、残さないものはとことん処理していく、もしくは「全部捨てていいからねぇ」と伝えておくことが本当の意味での「立つ鳥跡を濁さず」じゃない?

2026-05-23 18:18:00

【第1121回】人間的に優れた人、ビジネスマンとして優れた人

人として「優しい」「親切である」という人、ビジネスマンとして「超優秀」「常に成果を出す人」とどちらが優秀なのでしょう?

極端な話、人として優しい人であっても「情報処理能力が遅い」「物忘れが多い」「ルーズである」という人は仕事において「ポンコツ」と言われてしまうし、ビジネスマンとして超優秀な人でどれだけお金を生み出しても「人に寄り添えない人」「優しくできない人」であれば「冷たい人」「人でなし」と言われてしまいます。本来であれば人に優しく、仕事もバリバリできていつもみんなに愛される人が「優れた人」と言われると思うのですが、そういった人こそ無理をして心も体も壊してしまいます。

我々は何が「正解」なのでしょう?答えは人によって違うし、何が正しくて何が間違いかはわかりませんがこの短い人生の中でその答えは出せるのでしょうか?そもそも答えを出す必要はあるのでしょうか?人生とはわからないことばかりですね。ただ、一つ言えることは最後に自分なりの「納得いく答え」を出すことができれば生きてきた甲斐があるってもんではないでしょうか?

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