BENchmarkブログ
【第1150回】不義理をすると世界が狭まる
生きていく上で「完全な正解」はなかなかないかもしれませんが、やってはいけないことはあります。その一つとして「不義理」です。お世話になった人を裏切る、自分の利益のために人を犠牲にする。自分の快楽のために誰かを気付付ける。
なぜ不義理をしてはいけないのか?それは相手を傷つけることはもちろんですが「自分の世界を狭めるから」です。
例えば目先の利益のために誰かを裏切ったとしたら、裏切った相手に気持ちよく挨拶できますか?例えば自分の快楽のために傷つけた相手に自信をもって、堂々と目を合わせられますか?不義理は「いつかバレるんじゃないか?」「ここであの人の会ったらどうしよう」とずっとビクビクしていないといけません。
逆に不義理をされた相手は最初こそ傷つくものの堂々と生きていけばいいだけなのでダメージ0です。中には自分の都合の良いようにとらえて開き直る人もいますが、そういった人は周りから「良い人」が離れていきます。
不義理は自分の世界を狭めること。あなたは今の仕事、立ち振る舞いは自信をもって「誇りある人生です」と言えますか?
【第1148回】AIが言ってただぁ!?
最近お医者さんが患者さんい言われることの圧倒的No.1は「AIが言ってたんですけど…」とのこと。
AIは「正しい答え」を伝えるのではなく、質問者が「求める答え」を伝える傾向にあります。だからこそ信憑性は非常に薄い。
にも関わらず、なんなら若干「わたし頭いいでしょ?」くらいの勢いで「AIが言ってます」というのは「わたしアホです」と言っているようなものです。AIを活用しているのか?AIに使われているのか?
脳みそは使えば使うほど活性化され能力が高まっていきます。逆にすぐAIに聞いてしまうことを癖付けてしまうと、考える力や諦めない力、なにかを生み出す力が著しく退化していくとのこと。
自分たちもそうだったように、こどもたちは思っている以上に「大人のコト」をちゃんと見ています。「AIが言うには…」と言っている大人ってかっこいい?
【第1147回】居場所があることって
会社に行くのが乗り気じゃないですか?仕事をしたくないですか?
突然ですが、わたしはサラリーマン時代会社が大好き、仕事が大好きで働いていて、お世話になっていた社長がお亡くなりになり会社の経営方針が変わって「起業」という選択肢を選んだのですが本来なら「いつでも会社員になりたい」「会社員最高」と思っています。
だって毎日「行く場所がある」「仕事がある」これって最高じゃないですか?「上司がいる」「同僚がいる」これって最高じゃないですか?「今の若者」と言ったら自分も老害の一員ですが「飲み会に行きたくない」と思うことが悪いことではないですが「呑みに誘ってもらえる」って最高じゃないですか?
これも起業してからこそ、より強く思うようになった感情ですがやはり「誰かと一緒」「居場所がある」ということは本当に有難いことです。
そしてそういったわたしの「寂しさ」を知って「射場さん次回ミーティングのときにお昼一緒に食べましょう」や「射場さん今年の納涼会は〇月〇日ですよ!」とお声がけいただく方には大袈裟ではなく涙が出るほど嬉しい気持ちと感謝で溢れています。
そしてそういった方ほど恩着せがましい感じを一切出さず、スマートにお誘いいただきます。自分との力の差を感じさせていただけます。本当にいつも有難うございます。
居場所があるって本当に幸せなことなんだぜ?
【第1135回】どれだけ能力が高くても
どれだけ頭が良くても、どれだけ腕が良くても、どれだけ優しくても、どれだけ高い志があっても行動しない限りは成果はでません。どれだけ立派で崇高な考えを持っていても「発信」しないことには何も変わりません。「何を当たり前のことを…」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この当たり前のことが出来ない人が非常に多い。
行動しない人がアクティブに活動している人を見て「あの人はなぜあれだけ動けるのだろう?」と思うのと同じように、時間の貴重さ、機会の尊さを知っている人は動かない人を見て「あの人はなぜ動かないのだろう?」と思うもの。なぜ動けるのか?なぜ動けないのか?答えはシンプルで「自分に勝てるかどうか」だけなのです。最近あなたは自分に対して何勝何敗??
ちなみにわたし最近の健康診断で判明したのですが半年で5キロも増えていた自分に負けまくり人間なので、しっかり改善して参ります!
【第1128回】年相応の立ち振る舞い
年を重ねるごとに、「年を重ねるだけでは大人になれない」ということを痛感し、日々背伸びしている今日この頃。「大人になったら嫌でもちゃんとした大人になれるんだろうなぁ」と思っていましたが中々そうはいかないらしいですね。
サラリーマン時代から、わたしの基本的な服装は「白シャツ+スキニーパンツ」です。ただ、サラリーマン時代部下が出来た際は夏でもネクタイを締めてジャケットを着用していました。これはなぜかというと「いつクレームが入ってもすぐに謝れるように、部下の失敗をカバーできるように」というわたしなりの覚悟でした。これが「大人になる」ということだと思います。
未だに覚えていることは部下がクレームを起こし先方に謝罪を伝えに行く際、心配そうにうろたえる部下に対して「おぃおぃ、何ビビってるんだい!?このスリルを楽しもうぜ!」と言いながら内心がガクガクブルブルしていました。でもそんな自分に「頑張れてる!」と誇らしく思ったことは今でも覚えています。
20代は可愛がられてナンボ、30代は頼られてナンボ、40代は導いてナンボ、50代は支えてナンボ、60代からは生き様を見せてナンボだと思っています。40代になっても「助けてくらは~い」はカッコ悪すぎる。何があっても「助けてやらぁ!」が粋な40代なのではないのでしょうか?わたしはまだまだですが、あなたは年相応の立ち振る舞いができていますか?
