BENchmarkブログ
【第804回】宿題売るアホ、宿題買うアホ
いよいよ夏休みももう終わり。そんな中、テレビの夕方のニュースで夏休みの宿題が出来ていない子や親に向けてフリマサイトで「宿題を販売している」とのこと。中には実際に自分のこどもも手伝わせ「実際に小学校3年生のこどもが書いた習字の宿題です」と販売している人もいるのだとか。本当に「アホ」です。「ドアホ」です。そもそも宿題はなぜやるのか?そこを全く分かっていません。学力向上だけではなく、宿題をやることによって培われる「限られた期日に物事をやる力」や「嫌なこともやる力」「ときには怒られながら叱られながらやる恐怖や屈辱、そして思い出」などなど、ここでは書ききれないほど身に付くことがあるのです。大人たちはそこを踏まえた上で宿題をこどもたちにやらすのです。もし「宿題売ろうかな!へっへっへ!」とこどもが言っていたら親として、大人として「それは良くないことだよ。」と言ってあげないといけないにも関わらず親が率先してやらしている。この親の子が不憫でしかたがありません。そして宿題を買うアホ。自由研究や書いている字で本人じゃないことくらい見ている側はすぐわかります。そしてそんなことをしてしまうと「信頼ガタ落ち」です。一度の「楽」を求めて周りから「あいつ宿題買うイタイ奴」「あいつは嘘をつく嘘つき」「あいつは自分で努力できないアホちゃん」と軽くアホの3冠王獲得です。最近あまりにも世界が慌ただし過ぎて、「時間がかかること」「手間がかかること」が軽く考えられがちです。中には「チャットGPTで1時間かかることが5分で出来ました♪」とドヤ顔で言っちゃう寒い大人もいます。無駄に長々と努力しろとはいいませんが、大人であればコツコツやることのカッコ良さ、諦めずに粘ってやって成果が出たときの達成感、頑張って頑張って、それでも思った成果が出なくて苦しくて辛くても「次頑張ろう!」と自分を鼓舞して次に立ち向かう勇気を子供たちに見せつけてやるのが大人じゃないのか?「楽」を選ぶと本当の意味での「楽しいが逃げていく」ことを教えてやるのが大人じゃないのか?こんな子育てを大人全体がやっていたら、将来自分たちを苦しめるモンスターばかりつくることになるし、子どもの未来を大人が潰すことをなぜ分からないのか?それだけ「教育」は大切なことなのです。わたしの父は教師でした。高校生のころ、「お父さんはなんで先生を選んだの?」という会話の中から父が教員採用試験で面接官に伝えた言葉が「勉強を教える先生ではなく、勉強で教える先生になりたいです」と言ったとのことでした。我が親ながらめちゃくちゃかっこいいじゃないですか。めちゃくちゃしびれるじゃないですか。わたしが面接官だとその場で採用です。教育とは教師だけがすることではありません。自分の子どもにはもちろんですが、自分の子じゃなくても「挨拶ちゃんとするよ~」とか「悪いことしちゃアカンやろがぃ!」と教育するのが大人です。そうすることによって自分自身も「大人」にさせてもらうのです。宿題を売るアホと、宿題を買うアホが今一度自分のやっていることに疑問を持ちますように。
こどもたちへ
夏休み一生懸命出された宿題を期限内に自分の力でやっている君たち二人を本当に尊敬します。お母さんのプレッシャーのお陰もありますが、やったのは君たち自身です。にも関わらず隙あらば「かき氷食べにいこうぜ~!」「一緒にゲームしようぜ~!」と誘惑する父を許してください。ただ、サボりすぎるのも良くないけど詰め込み過ぎて追い込まれるのも良くないので何事もメリ&ハリよ!
【第803回】クレームが言いやすい時代
先日とあるクライアント様から口コミサイトに「悪い口コミ」を書かれたという相談を受けました。今の時代本当にクレームが言いやすい時代になっています。だってスマホやパソコンから「自分の言いたいことを自分の言いたいタイミングで自分のすきなように発信できてしまう」からです。わたしが小学生のこと、TVでおふざけが過ぎた内容の番組があって、次の日学校で友人たちのとの番組の話になったとき「うちの母ちゃん早速テレビ局にクレーム入れてた」と言った子に対して、「お前の母ちゃんヤバいな!」「お前の母ちゃん怖くね!?」「お前可哀そうだな」となっていたのですが、今隣にいてもスマホで何をやっているか分からないからこそそうはならないのですが、本来「クレーマー=ヤバいやつ」というこをみんな忘れがち+見えなくなりがちになっています。クレームを入れる際は「本人に直接クレームではなく相談と言う形でお伝えする」口コミサイトに投稿したい場合は、「自分の親や家族、親友や自分に良くしてくれている人にその姿を見られて恥ずかしくないか」を意識しないと、あなたも立派な「ヤバい人」になっちゃうんじゃいない?
【第800回】必要な物事を「数値化」していく
突然ですがあなたは年間どれくらいの所得が必要ですか?「とにかく常に新しいモノに囲まれていないと精神的健康が維持できない」と言う人は年収¥1,000万でも足りないかもしれませんね。「基本家にいて好きな漫画を見ているのが一番幸せ」と言う人は¥400万くらの年収で十分かもしれませんね。仮に使わないのであれば道具もお金も「なくてもいい」のです。年収400万で十分幸せに生きられる人に年収¥3,000万は必要ないのです。だって¥3,000万分働かなくてはいけないのですから。逆に年収¥1,000万必要な人が年間¥400万分しか働いていないと破産します。わたしはよく「お金の燃費が良い人」「お金の燃費が悪い人」と言うのですが、お付き合いが始まったばかりのクライアント様と最初のミーティングで方向性の確認をする際に「年商、年収はいくら必要ですか?」とお尋ねします。そしてその後に「本当にその金額で良いのですか?」とお伺いします。するとみなさん「…。」となります。そう、みなさん「なんとなくの数字」「なんとなくの幸せ論」「なんとなくのこうあるべき」に振り回されているのです。改めて「今の自分」に対しての必要なモノ、コトを洗い出し、それに必要なお金と時間を明確にして人生計画を立ててみてもいいんじゃない?
【第797回】南海トラフがきっかけで
「南海トラフ地震は必ずくる」という言葉を何年も前から何回も聞いていて、「来るんだろうなぁ」と分かっているものの先日の「巨大地震注意」が政府から発信されてそこで初めて「自分ごと」として考えた方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?我が家でもそうで、改めて「ベッドの下に靴を置いておこう」「地震が発生した際はどうすればいいか?」ということや「もしお父さんに何かあったらこんな保険に入っていて、貯金はこれくらいあって、頼れる人はこの人がいて…」ということを話し合う機会になりました。妻とも話あって「もし有事が起きる前にやっておけばよかったと思いそうなことはあるか?」という話になり、お互いが「なんもない」という何とも欲の無い会話の中で、自分たちがいかに日々恵まれた環境にあるのかも実感させていただきました。その中でも妻や子供たちに感謝の言葉と、どれだけ愛しているか、どれだけ愛していきたいかも伝える機会になり、これはこれで贅沢だなと思いました。人間いつ死ぬか分かりません。今日事故で死ぬかもしれないし、突発的な病気で死ぬかもしれない、事件に巻き込まれて死ぬかもしれない、「一日一日を大切に生きる」ということの大切さはみんな分かっているつもりでも、「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信にどうしても「丁寧さ」が薄くなりがちです。「これが最期」と思っていろんなことに携わっていくと、心の位置が変わってくるものです。いつか来る「死」に対して、少しでもみなさんが「後悔ない人生」を送れますように。
【第796回】慣れない人と食べる豪華な食事より家族と食べるうまい棒
先日社内研修の依頼をいただき、遠方と言うこともあり宿から食事までをお客様にご用意いただき至れり尽くせりだったのですが、先方は社長をはじめ幹部社員も全員集合でわたしの身に釣り合わない豪華なお食事をご馳走いただいたのですが、場の雰囲気、人見知り、緊張で大袈裟ではなく本当に料理の味が分からなく、むしろ疲れ、加齢で若干胸焼けする始末。家に帰ったときちょうど子供がうまい棒を食べていて「お父さんも食べる?」と言われ一口食べたら「あれ!?うまい棒ってこんなにうまかったっけ??」と感じるほど超絶美味しく、私がノーベル賞の審査員であればうまい棒をつくる株式会社やおきんにノーベル平和賞をお渡ししたい、スタンディングオベーションで褒め称えたいと思えるほどでした。やはりわたしの口は「安いもの」の方が「旨い」と感じるのかもしれません。今後もしお食事の手配をしていただけるのであれば、サイゼリヤや餃子の王将で本当にわたし幸せですし、なんならマックスバリュでミミガーとか買ってチビチビ呑んでるだけで最高にご機嫌なのでわたしにあまり気とお金を遣わないでくださいね。そう考えると今お付き合いしているクライアント様は「一緒にマシュマロとか焼いて食べたい人」ばかりなので本当にお付き合い出来ていて幸せです。あなたは普段お付き合いしている人は「ありのままの自分をさらけ出せる人」「ありのままを受け入れられる相手」ですか?