BENchmarkブログ
【第1070回】倒産させる社長の共通点
2026年も多くの企業が「倒産」しています。幸い弊社顧問先で倒産は出ていないのですが、肌感覚としてはお問合せいただく企業では業績が悪くなっている企業が非常に増えています。業績が悪い理由は様々ですが最近の共通点の一つとして「お山の大将経営者」がどんどん苦戦しているように思います。「昔は悪かったんだろうなぁ」や「オラオラ系の自称親分肌」の経営者が相当苦戦しています。理由としては今まで力やお金でモノを言わせてきたのでしょう、ひとたび業績が悪くなると協力業者や傍にいる人がここぞとばかりに離れていきます。逆に業績を伸ばしているのは「謙虚で腰が低い経営者」です。こうした経営者は常に「助けてくれる人」に恵まれるだけではなく、どんどん協力者が増えていくので業績はどんどん右肩上がりになります。「実るほど頭が下がる稲穂かな」、先人の残してくださった言葉に答えがあるのだと思います。ちなみに弊社に「オラオラ系自称親分肌」の経営者から顧問の依頼がきたらどうするかって?なんやかんや適当な理由を付けてお断りするんじゃない?
【第1069回】どれだけ規模が大きくても赤字であれば失格
会社の売上がどれだけ大きくても、雇用している社員の数がどれだけ多くても、決算が赤字であれば失格です。むしろ会社の規模がどれだけミニマムでも、雇用している社員が一人もいなくても黒字であれば大成功。経営者によっては「自分は規模が小さくてまだまだ…」と謙遜される方もいらっしゃれば、毎年大赤字にも関わらず「経営者とは…」と、身の程も恥も知らずに人様に講釈を垂れるアホもいますが、もしそんなアホに長時間講釈を垂れられて貴重な時間を奪われるようであれば「ま、わたし黒字ですから」とバサッと切り捨てていいと思います。「類は友を呼ぶ」、赤字の人と付き合っている時間が長くなると、せっかく業績が良いあなたの事業も赤字になっちゃうんじゃない?
【第1068回】納税しないのは悪
株式会社BENchmarkはありがたいことに起業してから毎年納税させていただいております。「納税できる」ということはそれだけ「儲けを残せている」ということ。これはお金を預けてくださっているクライアント様の存在はもちろん、日々質素倹約に勤めている家族含め自分自身の努力の賜物です。「事業をする」ということは自身の私利私欲を抑えて「社会のお役に立つ」ということ。だからこそ、納税が大切なのです。わたし自身はもちろん、わたしは家族が納税の恩恵を受けています。例えば父、人工透析の高額な医療費が免除されているのは税金があってこそ、だからこそわたしには誰よりもたくさん納税する義務があります。身近な人で「高額医療費制度」を利用したという話を聞くたびに、微力ながらですが「納税できてよかった」と思います。医療費だけではなく道路の舗装もそう、救急車や治安を守ってくれている警察もそう、納税するからこそ得られる恩恵です。事業者は世の為、社会の為に事業をすることがミッションです。だから「節税」に一所懸命になっている事業者には腹が立ちます。「赤字だから納税しなくていいんです~」といっているエセ経営者には「とっとと事業を辞めてしまえ」と本気で思います。「納税できない」のは恥ずかしいことなのです。一生懸命頑張って「納税できない」のであれば納税出来るよう力を付けて成果を出していかなくてはいけません。ただ、「納税なし=ラッキー」と思っている事業者に関してはすぐさま事業を辞めたほうが世の為、人の為、社会の為、強いて言えばご自身の為なのです。今納税していない世の経営者のみなさま、納税額の多さを自慢するような社会にしていきませんか?
【第1067回】「怒る」と「叱る」
怒るって、基本的には 自分の感情の発散 だと思うんです。
・思い通りにならなかった
・期待を裏切られた
・自分が損をした気がした
・プライドを傷つけられた
こういう「自分起点」の感情が溜まって、それが外に出てくる。だから怒っている人の話をよく聞くと、「私は」「俺は」「自分は」がやたら多い。要するに、相手のためじゃない。一方で、叱る。これはもう完全に相手起点 だと思っています。
・このままだと損をする
・同じ失敗を繰り返してほしくない
・もっと良くなれるはず
・次は成功してほしい
こういう想いがベースにあって、言葉を選びながら伝える行為。だから叱るって、実はめちゃくちゃエネルギーが要る。自分がスッキリするどころか、下手するとモヤモヤが残る。それでも言う。それが叱る。ここが一番大事なところなんですが。怒る人ほど「叱っているつもり」になっているケースが多い。これ、怖いです。本人は「相手のためを思って言っている」と思っている。でも実際には、感情が先に立っていて、言葉が荒くなり、論点がズレていく。結果どうなるか。相手は内容じゃなく、「言われ方」しか記憶に残らない。これ、最悪のパターンです。わたし自身も、もちろんあります。過去、「今のは叱ったつもりだったけど、ただ怒ってただけだな…」と反省したことは、何度もあります。ただ、「叱るとき」に自分に問いかけていることがあります。
・この話は相手の未来に必要か
・今じゃなくてもいい話じゃないか
・感情が混じっていないか
・この言い方で本当に伝わるか
これを通過できないときは、基本、言わない。一晩寝かせることも多いです。それどころかお伝えするにあたり1ケ月以上考えることも多々あります。怒りは一晩寝ると、だいたいどうでもよくなる。でも本当に叱るべきことは、翌日になっても消えない。不思議なもんです。あと、これはかなり重要だと思っていて。叱る関係性があるかどうか。信頼関係がないのに叱るのは、ほぼ事故です。それはただの上から目線か、マウントか、自己満足。
まず信頼。次に指摘。順番を間違えると、全部壊れます。怒るのは簡単。でも叱るのは難しい。だから多くの人は、怒る。でも本当に相手のことを思うなら、感情を抑えて、言葉を選んで、覚悟を持って伝える。これができる人はとても少ないと思います。でも、そういう人に出会えたら、めちゃくちゃラッキーだと思います。あなたには「叱ってくれる人」はいますか?「叱られていない」のは自分の能力が高いのではなくひょっとして「叱られる価値」がないんじゃない?
【第1066回】優れた人は人の前で自分のこどもを褒めない
先日とても素敵な経営者とお会いしました。戦後を生き抜かれた方で、経営は実質ご子息に任せていらっしゃっていて、ご子息はお人柄だけではなく能力が非常に高い方なので成果も出しているにも関わらず「こいつはまだまだ」「全然ダメ」「センスがない」と、まぁボロッカスに言う姿を見て「すさがだなぁ」と思いました。「??」となられる方もいらっしゃるかと思います。ただ、考えてみてください。もしこの社長がわたしやスタッフに対して「うちの子はすごい!」「うちの子は優秀だ!」と言ってしまったもんなら誰もこのご子息に対して意見が言えなくなりますよね?「社長は自分のこどものことをとても評価しているんだ、であればこどもに指摘すると社長を批判することになるな…」や「このこどもに指導したら、もしかしたら社長が「うちの子に何言ってくれてるんだ!」と言いかねんな、となり誰もご子息に意見を言わなくなってしまいます。かわいい我が子を可愛がるが故に、他者から我が子が可愛がられなくなり、結果我が子にとっては「指導」や「叱咤」をしてくれる貴重な存在がいなくなり我が子にとって最悪な結果になることをこの社長は知っていての発言なんでしょう。大抵の人は「わぁ~、社長また自分のこどもにキツく当たってるよぉ、かわいそう」となるのですが、そうなると「わたしがこのお子さんを支えないと!」となるのが人の性。これを気付く人はそんなに多くはないかと思いますが、この社長の愛情の深さ、先を見通す目は尊敬しかありません。もし「うちの子はすごい!!」とかスタッフや取引先の前で言っちゃっている人は、その行為は最終的に大切なお子さんの慢心を招くだけではなく、他者を通じた成長を奪う残酷な行為であると共に、ご自身のアホさを露呈してしまう行為になるので気を付けた方がいいんじゃない?
