BENchmarkブログ
【第1049回】2025年最後の日
我が家恒例の年末の過ごし方。各々の「今年最後に食べておきたい」というものを用意し「食べ納め」をしつつ、朝から何をしても誰にも叱られない日にしております。朝ごはんからお菓子も食べてもいいし、なんならずっとゲームをしていてもいい、だらだら寝ていてもいいし、夜にはこの日のために買ってきた数多のお菓子を家族そろってゲームをし、勝ったものから好きなお菓子を奪取していく「争奪戦」を繰り広げる。今日ばかりは無礼講。踏ん張って頑張ってきた一年だから、無事に過ごせた一年だから、来年の年末を楽しみにまた一年頑張れるようささやかではありますが「一年の終わりを最高な一日で終わらすため」に今日という日を愉しみましょう。わたしは朝からビールにはじまり、テキーラ、ジンに移行し最後は日本酒で締める。みなさんも良い年末をお過ごしくださいね。
【第1048回】2025年を振り返って
2025年、この一年は絶賛厄年でして、結論からお伝えすると今年は「まぁまぁついていないことが続いた年」でした。車のフロントガラスが飛び石で3回も交換したし、体調面でも11月ころから体調を崩しまくりなんなら今でも引きずっているし、仕事でもプライベートでも「えぇ!?こんなこと起こるの!?」ということがたくさんありました。今までがエゲツナイ絶好調だったからこそ精神的・肉体的ダメージも大きくお恥ずかしながら何人かのクライアント様の前でも「ふげぇ~」と愚痴をこぼしてしまったり、弱音を吐いてしまったこともあったのですが、そんな中救ってくださったのはやはりクライアント様でした。わざわざわたしのことを占ってもらってくれていた方が数人いらっしゃって、不思議なことにみなさん同じ占い師に占ってもらったんですか?というくらい同じことをおっしゃってくださいました。「今年は最悪、ただ来年は今年の3倍良いよ、更に再来年はその3倍良いよ、そしてそれが続くよ」とエリアが違うクライアント様たちにおっしゃっていただいて「そうなるかも」と希望を与えていただいたこと、それ以上に「気にかけていただけたこと」がとても嬉しく、幸せな気持ちになりました。それ以外にも「体調大丈夫?ちゃんと休み~」と優しいお言葉を添えてくださる方、優しい笑顔で癒してくださる方、存在そのものが救いの方、改めて「素敵な方とご縁を結ばせていただけているな」と思いました。また、わたしが悩んで「これどうしよう」と相談した際に「好きに決めていいよ」と全肯定してくれた妻にも感謝です。人生は波があります。良いときも悪いときもずっと続くことはないのですが、久しぶりの「悪い波」ではあったものの学ぶことが非常に多く、充実した一年になりました。それも周りの携わる方たちのお陰です。本当に有難うございました。今年も残すところあとわずか。みなさんはどんな一年になりましたか?
【第1047回】物理的距離は心の距離に影響を与える
コロナウィルスが流行する前は大学時代の友人、バイト仲間と毎年年末に集まって忘年会を開催していたのですが、コロナウィルスの流行+お互いが過程を持ち自身の過程を最優先するタイミングも重なりあっという間に6年経過してしまいました。ただ、ひょんなことから「あけましておめでとうLINE」以来の6年ぶりに「久しぶりに会いますかLINE」を送って、不思議なことに各々が「昨日会っていたテンション」で会話が進むから面白いものですね。ただ、実際会ってみたら「起業したって聞いたから忙しいと思ってなかなか連絡しづらかったよ」やら「なんか忙しいって聞いてたから誘っていいものかと~」という話になり、わたしもわたしで「子供が小さいし誘っていいものか迷ったよ~」とお互い「相手に確認もしていないのに思い込み遠慮する」という状態になって気付いたことは「やはり物理的距離は心の距離にも影響を与えるな」ということです。「知らせがないのが良い知らせ」とも言いますが、やはり仲の良い人、大切な人には無理くり理由をつくってでも会っておかないといけませんね。来年は誰に会おう?前職の上司や先輩、学生時代の恩師、高校の友人、会っておきたい人がたくさんいます。もちろん両親や兄弟も大切にしたいと思っています。そんな中、「好きな人とだけ一緒に仕事をしていく」という中でお付き合いいただいているクライアント様たちと毎月お会いできていることは本当に幸せなことだと思っています。「毎月最低1回はミーティング」と自分で決めて、正直「体力的にしんどいなぁ」と思うこともありますが、それでもやはり毎月必ずミーティングをすると決めて良かったと思っています。お付き合いいただいているクライアント様たちに心から感謝しております。
【第1046回】足るを知る
わたくしごとですが、今から22年前の12月24日に妻とお付き合いすることになりまして、初デートはアルトというゴリゴリの軽自動車で鳥羽水族館まで行きまして、しかも下道でして、終始グダグダの初デートだったにも関わらずなんやかんやで結婚できまして、そして今に至るわけですがあのときから比べると今わたしの身の回りにあるものは22年前にはなかったものばかりです。家族も自身を取り巻く人間関係も、家も車も、当時から持っているものといったら親が作ってくれた貯金通帳とジャケットを少々、靴が一足くらいです。妻と「今あるものはすべて出会ってから手に入れたんだねぇ」と感慨深い思いになっていたときに思ったことは「そっか、全部もともとなかったものだ」ということと「今とても恵まれているなぁ」ということです。人間不思議なもので「今あるもの」は気付かないうちに「当たり前のもの」になってしまっていて普段はなかなか上手に目を向けることができていないのですが、改めて今あるもの、そして「今」そのものが存在していることに有難い思いと「どうせなかったものだからこれからも何とかなるっしょ」という気持ちが強くなりました。裸で産まれてきた我々は「死ぬときにパンツ一枚履いていたら勝ち組」なのです。仮にパンツを履いていなくても産まれてきた時より少しでも「豊かな心」になっていたらその人生は富多き人生だと思います。どうしようもない過去を考えて反省したり、どうなるかわからない未来にビビッているよりも「今」をしっかり感じる。そうすることによって心も少し軽くなるのでは?みなさま良いクリスマスをお過ごしください。
【第1045回】AIはジャンクフード
chatGPT、Google gemini、copilotその他にも爆発的な速さで日々の生活に溶け込んでくるAI。
今後ますます生活に「なくてはならないもの」になってくるのかと思います。現にわたしも画像の生成、修正にガンガン活用しております。文章をAIに書かせる人、プレゼン資料をAIに作らせる人と、その用途は人によって様々かと思いますが、まだ現段階ではAIは「ジャンクフード」だと思っています。例えば「12月の暮らしの注意点についてブログを作成してください」という簡単なお願いに対し、2秒ほどでズラ~っと文章を作成してくれるのですが「量は多いけれど中身がない」のです。依頼の仕方にもよるのですが、「心に響く言葉」「熱のこもった文章」にはその人の想いや経験、哲学があってこそ人の胸を打つものになるので、「AI楽だわ~」と言ってAIにすべてやらせていたら、人の心は動かせないし何より自分自身を鍛えることができません。先日ノーベル賞を受賞された北村進氏も今後のAIについて問われた際「じっくり考える力が育まれない、研究に関しては物事をじっくり考えることによって新しい発見が生まれる」ということをおっしゃっていました。まさにその通りなのです。悩むから脳が活性かされる、考えるから良い案が生まれる。わたしが「AIはジャンクフード」と言う理由としては、発信する内容に個性がこもらないという理由と、もう一つは活用する側がやってはいるもののなんの成長にも繋がらない、むしろ劣化していくということがその理由です。得意がって「AIの達人です~」と言っていると、万が一AIが使えない状況になった途端「エゲツナイポンコツ」になり下がるんじゃない?

