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【第699回】「逃げてもいいよ」は無責任
生きていれば良い時もあれば悪い時もあって、いじめや仕事上のトラブルで追い詰められた人に対して「逃げてもいいよ」と言っている人、媒体を目にする機会があったのですが、その際なぜか心に「モヤモヤ」が生じて自分でもその理由を考えていると「逃げてもいいとはいうものの、本当に逃げた場合あなた守ってくれるんですか?」というなんともひねくれた発想をしてしまったのですが、正直社会や現実は厳しくて、良い人ぶって「逃げてもいいよ」というのであればその後に「私が守ってあげるから」と言えないのであれば軽々しく口にするべきではないと思うのです。そして何より「逃げ」という言葉自体が逃げた側が「負い目」に感じてしまうので、こちらもあまり使わない方がいいかもしれませんね。なぜいきなりこんなことをブログにするかって?ここ最近倒産間際の会社からの相談が増えすぎていて、その度に私は「逃げてんじゃねぇよ」と言わざるを得なくて、何故なら逃げてもいいよなんて軽々しく言った日には私はその人の人生を背負えないから、そして自分自身「逃げられない環境」に身を置いているからこそ、逃げてもいいなんて言えないのですが、その代わりにお伝えしている言葉があります。それは「戦略を変えよう」です。「銀行も融資してくれなくて首を吊るしかない」「よっしゃ、では首を吊らなくていいように戦略を変えよう!」、「うちの子が学校に行きたがっていない」「よっしゃ、では学校に行かなくても幸せになれるようにするか、学校に行きたくなるようにするか戦略を変えよう!」と、どうせ逃げられないのであれば「戦略を変えればいい」だけの話なのです。今までの戦略で幸せになれていない、思ったように上手くいっていないのであれば戦略を変えればいいだけのこと。逃げてもいいですよ、逃げちゃえばいいじゃないですかなんて無責任なことは言いませんし言えませんが、戦略を変えるのであれば少しでも私でお役に立てることがあればお気軽にご相談ください。苦しいところから這い上がるほうが人生楽しいんじゃない?