BENchmarkブログ

2026-06-04 18:18:00

【第1127回】見抜かれた

先日顧問先とミーティングしている際、その会社では全社員を交えてミーティングをさせていただくのですがミーティング終了後、その会社の社長から連絡があり一人のスタッフに対して「射場さん、本日のミーティングは有難うございました。ただ、弊社スタッフの真剣さが足りず射場さんに叱ってもらえなかったことに対して代表として恥ずかしく情けなく思います。彼が射場さんに叱ってもらえるようしっかり教育していきます」と言われた際に「見抜かれた!」と想い悔しいやら、恥ずかしいやら、嬉しいやら。

わたしが苦言を呈する人、いわゆる「お叱りさせていただく人」には条件があります。それは上から目線になりますが「叱るに値する人」です。本気の人は叱るに値する、必死な人は叱るに値する、愛すべき人は叱るに値するのです。叱るということは場合によっては自分に不利益が出る可能性があっても相手の成長と成功を願うからこそする行為です。だからこそ、本気でない人、必死でない人、愛していない人にはわざわざリスクを冒してまで叱る必要はないのです。じゃあそういった相手にはどうするか?「適当に褒めとくだけ」です。

なのでわたしのことを知っている人からしたら「射場から褒められた」というときは2パターン考えられるとのこと。一つは「やったぁ、褒められた!」ということと、「あれ!?本当に大丈夫??」ということ。人の評価は「無視・賞賛・批難」と言われています。どうでもいい人は無視、賞賛されることはまともに評価されているのではなく「よいしょ」されているということ。相手に批難されてはじめて相手から一人前として認めてもらっているということ。「最近いろんな人に褒めてもらっててオレすげ~なぁ」と思っていらっしゃる方、水を差すようですがそれって実は「大切にされていない」ってことじゃない?